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「アニマル・マーケット」の謎〜
        

ずっと不思議に思っていた。
峰 厚介の書いた「Animal Market」である。
この「Animal Market」は和製フュージョン・アルバムとして名作の誉れ高いネイティブ・サンのセカンド作『SAVANNA HOT-LINE』のトップを飾るナンバー。
デビュー・アルバム『NATIVE SON』は、全て本田 竹広のオリジナルで固められていたから、この曲はネイティブ・サンのアルバムとしては当時、リスナーが初めて聴ける峰 厚介の新曲ということになる。
だが、峰さんが書いた曲にしてはどうもおかしい。というか峰さんらしくないアレンジなのだ。
元々、本田 竹広と峰 厚介の作曲センスというのは相当に違う。本田さんの曲はジャズやブルース、サンバの心地よいリズムをバックにしたメロディのきれいな曲が多く、ストレートな直球型という感じ。一聴して「あ、良い曲だナア」と聴き手もすんなり入っていけるものが多い。だが峰さんの曲は構成も複雑で、どちらかといえばメロディ重視よりも自由闊達なリズムの中を、いかにサックスで気持ち良く泳ぎ回れるかーという事を考えて曲を書いているように見える。

そこでこの「Animal Market」である。
この曲、まずはリズミックな大出元信のギターのイントロに導かれるように峰さんのアタックの強い例のテーマが現れ、WOWを効かせたエレクトリック・サックスのソロが妖しいムードを作り上げていく。いつもの峰さん一色の世界。だが続く本田さんのフェンダーによるソロは最初こそこの曲の雰囲気を引きずったままリレーションされるものの、テンポがどんどん倍速になってあれよあれよという間に演奏はヒートアップ。遂には大爆発のパートに登りつめ、最後はパッパッパッ〜、パラララの切れの良い峰さんのエンディングが出てきて、はい、お終いとなる。
いきなり終わるものだから、今までアドレナリン全開で聴いていたこちらも思わず戸惑ってしまうのだが、このぶっきら棒さ、リスナーの突き放し方がいかにもネイティブ・サンらしいといえばいえる。
だがこの曲、前半の峰 厚介のソロ部分と本田 竹広のソロ部分の雰囲気が違い過ぎる。まるで二曲を一曲にした感じなのだ。
それに第一、峰 厚介はこうしたアレンジは絶対にしない。

それにこの曲、以前どこかで聴いた事があるのだ。どこでだろう? かなり昔というわけではない。さっそく近年の峰 厚介のめぼしいアルバムを再聴してみる。
そうしたら、ありました。76年のイースト・ウインドレーベルの作品『サン・シャワー』のタイトル曲。この曲のテーマの部分、どう聴いても「Animal Market」にそっくり、というより同じだ。もちろんテンポも曲の雰囲気も全然違うのだが、すこぶる印象的なパッパッパラパラ〜のテーマの部分だけは間違いなく同じなのだ。という事は「アニマル・マーケット」の元曲は「サン・シャワー」ということか。だがそんな話は一切聞いたことがないし、当時のマスコミでも取り上げられた記憶はない。
これがずっと疑問だった。元曲かどうかは不明だが、この二曲を結びつける"何か"があった筈なのだ。
当時、初めて『サバンナ・ホットライン』に収められた同曲を聴いた時から、この疑問が大きな氷山のように頭の中にずっとあった。

そんな疑問の日々から20年以上経ち、峰 厚介オフィシャル・サイトを担当することになって、再び"あの疑問"がふつふつと湧き上がってきた。
サイトを通して峰 厚介とは何回か会う機会があったが、なぜか質問の機会はなかなかやって来なかった。
峰 厚介のマネージャー氏にも「Animal Market」の元曲について、一度質問した事がある。だがはやり「そういう話は峰さん本人から聞いたことはないし、今までもそんな話題は誰からも来なかったナア」との事だった。
私の思い違いだったのだろうか。だが、しかし。。。という思いはどんどん募ってゆく。
そんな中、遂に峰 厚介御本人に、この質問をぶつける日がやってきた。

   ▲「アニマル・マーケット」が収録されているネイティブ・サンの
     セカンド・アルバム『サバンナ・ホットライン」』

2004年9月、盛岡でネイティブ・サンの一夜限りの復活コンサートが開かれるということで、さっそく会場に向かった。
リハの前、控え室で楽器のセッティングで忙しいそうな峰 厚介を捉まえて、例の質問をしてみた。
「峰さん、あの〜、ネイティブ・サンの"Animal Market"なんですけどね、あの曲、"サン・シャワー"が元曲ではないんでしょうか?」
峰 厚介はマウスピースを口に当てて、リードの具合等を調節しながら面倒臭そうに答えた。
「うん、あの曲はね、そうネ、"サン・シャワー"が元曲なの」
やはりそうか!!と私は心の中で叫ぶ。だが次に続く峰 厚介の言葉はこちらの予想とは裏腹なものだった。
「でもネ、あのままだと本田君がどうしてもやりにくいからね。それであの曲、"サン・シャワー"から持ってきたフレーズっていうのは数小節だけ、例のパッパッパッラ〜の部分、あれだけ。後のサビの部分やその他アレンジを含めて全部、本田君がやったんだよ」
そして峰さんはにっこりと微笑みながら話を続ける。
「そう、だからね、"アニマル・マーケット"っていう曲は一応ボクのオリジナルという事になっていうけど、正確に言えばね、ボクと本田君、二人で作った共作なの!」

筆者はそれを聞いて20数年来、頭の中にあった疑問の氷山物がゴゴッ〜と崩れていくのを感じた。なるほどそうなのか、それでああいう曲に仕上がったのか。
「Animal Market」を一番最初に聴いた時の「峰さんらしくないなあ」という印象、さらに本田 竹広の倍速ピアノ・ソロのアレンジの疑問も、本田さん本人が担当したという事で全て納得がいく。
いや、それ以上に長い間「Animal Market」の元曲が「サン・シャワー」だったという個人的な考えが、あながち間違っていなかったというのもうれしかった。


これはあくまで想像だが、当時ネイティブ・サンは結成されたばかりでバンドの持ち曲もそれ程多くはなかった。そこで峰さんの旧作の中から何か演奏しようという事になり、「サン・シャワー」が選ばれた。だが、そのままではネイティブ・サンらしくない。それでバンドの実質的な音楽監督を務めていた本田さんが、この曲を大幅にアレンジしたのだ。

実際、『SAVANNA HOT-LINE』リリース前にNHK-FM「セッション」で放送された同曲は「Animal Market」というよりも「サン・シャワー」に近いアレンジで演奏されていた。本田さんの倍速ピアノ・ソロもないし、峰さんのサックス・ソロも「サン・シャワー」そのものだ。
だがその後、この曲をライブ等で繰り返し演奏する度に、どんどんカラーを変えていった。そして『SAVANNA HOT-LINE』レコーディング時には、完全に「サン・シャワー」から「Animal Market」として生まれ変わったという事なのだろう。

ネイティブ・サンには好きな曲がたくさんあるが「個人的なベスト・ナンバー」は、この「Animal Market」でキマリだ。
なぜならこの曲こそ、ネイティブ・サン結成当時の「本田 竹広と峰 厚介が合体したバンド」というコンセプトを真っ当に継承したナンバーだからだ。
二人で共作したという「Animal Market」ほど、ネイティブ・サンの魅力がたっぷり詰まった曲はない。。。。と個人的に強く思う。

この「Animal Market」はアルバムに収められたトラックももちろん良いが、ライブでやると迫力100倍だ。残念ながらライブ版の「Animal Market」はアルバムとしては残っていない(DVD『CROSSOVER JAPAN '05』には収録されている )が、手元にあるいくつかのライブ音源を聴くと今でも興奮する。
峰 厚介のどんどんアウトしてゆくアブストラクトなサックス・ソロ、本田 竹広の黒々としたファンクな倍速ピアノ・ソロは今聴いても素晴らしい。