〜 闘病生活 〔2〕 奇跡の復活 〜


2度目の脳梗塞で倒れた直後は、もう歩くのさえ出来なくてね。身体の感覚も鈍く
なって、ずっと車椅子の生活だった。
これじゃいけねえって言うんで、週2回のリハビリをしなきゃならなくなったんだけ
ど、そこのリハビリ用のホールにさ、どーんと新しいピアノが置いてあったの。
ホラ、よく「指先を動かしたりするのは脳の神経に良い」っていうじゃない。おそら
くオレみたいな身体のきかない人のリハビリ用に病院で買ったものなんだろうけど
ね...。

それで主治医の先生に「弾いて良い?」って聞いたら「良いよ」っていうから、車椅
子でそのピアノが置いてあるホールまで行ってさ、ピアノを弾いたのよ。
そうしたらさ、そこのホスピスの上の階から下の階までいる患者さんがどんどんオレ
が弾いているピアノの周りに集まって来るじゃない。一緒に「イエ〜イ!」かなんか
やっちゃってさ。(笑) まあ、最初の頃は「ピアノを弾く」っていうより「単に音を出す
だけ」っていう感じだったんだけど。その場にいた人の話によると、どうやらオレは
「夕焼け小焼け」とか、そういう童謡みたいなやつを弾いてたらしい。

無事に退院してからは、とにかくピアノが弾きたくて弾きたくてしょうがない。2ヶ月
以上入院してたから、ピアノを弾きたいっていうフラストレーションが溜まっちゃって。
家に帰ってからはピアノを弾いてばかりいた。そうしたら、なんか精神的にも肉体的
にも、どんどんパーっと良くなっていったんだよね。
医者の先生も「回復が早い」って驚いてたよ。やっぱり指の運動による脳神経の刺激
が良かったんだねってさ。

病気前と病気後の今とでは、人生観っていうのはオレの中でガラッと変わったよ。
「どういう風に変わったか」っていうのを語ちゃうと、一週間は掛かるよ。一晩では
とても言い切れるもんじゃない。

ただ身体のコンディションに関しては、病気前と同じくらいに回復してきていると思
う。と言うのは現在のオレは音楽一本に集中した生活でしょ。そういう意味では、お
陰様で気力の面でもとても充実した毎日ですよ。

ピアノを弾くことで、オレは逆にピアノに救ってもらったのかも知れないね。

(以下、本田 竹広インタビュー 〜 師匠・渡辺 貞夫 〜 に続く)

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