〜成功の甘き香り〜



ネイティブ・サンと酒の問題■

ネイティブ・サンと呼べば、すぐに酒!とコダマが返ってきそうな気がする。

日本のジャズ史上、「ネイティブ・サンほど酒を飲んだバンドはない」と誰もが言う。
これは周囲の関係者も、ファンも、そしてメンバー自身が認めていることだ。
とにかく飲んだ。飲みまくった。いや、飲むというよりは酒に溺れたというべきか。
本田 竹広、峰 厚介という日本のジャズ界きっての酒豪が揃っているのだから、無理もない話かも知れない。

ネイティブ・サンの酒にまつわるエピソードで最も有名なものといえば、沖縄の宮古島で行われた「音楽合宿」、その滞在中にメンバーが島中の酒を飲み干しちゃったーという話しだろう。島中の酒を残らず飲み尽くすとは尋常ではない。

何故メンバーは自虐的といってもいいくらい、あれほど浴びるように酒を飲みまくったのか。
もちろん誰が、どれだけ大量に酒を飲もうが飲むまいが、それは個人の健康と生活管理の問題であり、他人が口を挟むことではない。

しかし「ネイティブ・サンと酒」、この切っても切れない関係のことを思うと、ひとつの感慨を抱かずにはいられない。
全ての幕が降り、その後のメンバーの人生を振り返ってみれば、当時のネイティブ・サンのメンバーが飲んだ酒は果たして楽しいものだったのかどうか、そして良かったのか悪かったのか、複雑な気持ちになるのだ。

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眩い光のなかで■

ネイティブ・サンは結成当時、時代の波に乗ったそのキャッチーな音楽性で爆発的な人気を得た。それによって演奏会場も暗くて狭いライブハウスから、明るく大きなコンサート・ホールへと移り、ギャラも高騰。それまでジャズというマイナーな世界で活動していたメンバーにとっては、経済的な面においては夢のようなことだったのは容易に推察できる。
一般のファンやリスナーにはよく伝わらないかも知れないが、それだけジャズというのは「プロとしてはなかなか食えない」音楽でもあるからだ。

ネイティブ・サンのメンバーがあれほど酒を飲んだのは、そうした人気と経済的な成功からくる「甘き香り」の誘惑、それに溺れたからだろうか。
もちろん、それもあるだろう。
だが同時に「それだけではない」とも思う。

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ステージ上に惜しみなく降り注ぐ、眩い華やかなスポットライトは反面、暗く澱んだ陰影を生み出す。
結成当時、ネイティブ・サンのリーダー本田 竹広は、私生活の面で重要な問題を抱えていた。
それがどういうものだったか、ここでは深くは触れない。
今は廃刊となってしまったジャズ専門誌『スイングジャーナル』誌の企画「日本ジャズ人物伝」(岩浪洋三:執筆)に、その片鱗が書かれているし、当時の本田 竹広の生活ぶりについては、いまだに未発表となっている『本田 竹広〜自伝』に詳細があるはず。
ともあれステージ上では元気一杯に振舞ってゴキゲンな演奏をしていても、ひとたび舞台を降りれば、それぞれが大きな悩みを抱えていたのは事実である。

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愉悦の酒、その代償と結末■

メンバーは何故、あれほど浴びるように酒を飲みまくったのだろうと再び自問する。
そして、その酒が川端 民生に肝臓癌を、本田 竹広には二度の脳内出血と腎臓障害をもたらすことになる。
本田 竹広、バタヤン、大出 元信らバンドのオリジナル・メンバーが早世といっても良いほど、若くして鬼籍に入ったのは、この「ネイティブ・サン時代の大酒」が起因している−という事実に異論を挟む余地はない。
そう、「ネイティブ・サンの酒」は成功の甘き香りに満ち溢れ、同時にメンバーの身体をトコトンまで蝕む「魔の酒」でもあった。
自らの寿命と引き換えに、禁断の札が貼られた「愉悦の酒」を刹那に飲んだ−といっても過言ではない。そして、その代償はあまりにも大き過ぎた。
宮古島で島中の酒を飲み干したというエピソードも、今となってはただただ虚しいばかりだ。

だからだろうか。
ネイティブ・サンの音楽を聴いていると、ただ単に明るく楽しいだけではなく、そこに独特の哀歓と退廃的といってもいいほどのブルーな気分がサウンドに漂っているのを感じてしまう。
笑顔の裏に潜む深い悲しみ、生のエネルギーに溢れつつも、かすかに漂う死の匂い・・・。

身体を壊しても晩年まで酒を手放さなかった、漫画家の赤塚不二夫の死去を報じたテレビ・ニュースで、親友だった某映画監督が「お笑いやおもしろさというものを、トコトン追求すると死に近づいてしまう」と語っていたが、ネイティブ・サンの音楽にもそれに通じるものがあったのではないか。
そして逆にいえば、それこそが他の日本のフュージョン・バンドにはないネイティブ・サンの「深み」であり、歳月が経っても未だに色褪せない魅力だとも思う。

ネイティブ・サンのオリジナル・メンバーたちの、破天荒ともいえる飲みっぷりと豪快なプレイを思うたび、現在の若手ミュージシャンによる、テクニックはあるけどお行儀の良過ぎる「仕事としてのジャズ」が、詰まらなくて詰まらなくて仕方がない。

そして三度、筆者は自問するのである。
ネイティブ・サンのメンバーが飲んだ酒は、果たして楽しいものだったのかどうか、そして良かったのか悪かったのか、と。

 以下、〜川端 民生〜へ続く